女性の究極的仕事

女性の究極的仕事

女性の社会進出、活用が声高く言われています。一方、海の向こう米国では、現在では、専業主婦の志向の女性が増えているとか……苛酷な競争社会に身を委ね、そこを泳いできた女性たちは、肉体的にも精神的にも疲弊し、何が女性にとって幸せなのか再考してきたようです。
一番大切で、女性にしか出来ない仕事とは、本当は子供を育むことなのだと思います。それは、それがどれ程大変で、かつ重要な仕事であるかということでしょう。子育ての只中にいると、それが不本意で無意味に思えることでしょうが、子供を上手に育むことは、その子供の未来まで関与してくることでしょう。
子供の情緒不安定は、その育児期とも重なっているように私には思えます。
母親が、自分を嫌々育てているとか、自分に関心を持っていないことは、子供は敏感に分かります。愛されなかった子供は、人生を懐疑的に見るようになるし、現実に保育園で育った子供は、体調の悪い時、母ではなく保母さんに依存するという話を聞いたことがあります。その子にとって、母は、保母さん?
笑い話のようで、ちょっと怖い話です。毎日、保育園と仕事で往復している母の精神状態はどうでしょう。毎日、追い立てられるような日々は、次第に疲れて行き着くところ、子供の存在を疎ましく思ったりしてしまわないとも限りません。母が精神的に健康でいるには、ゆったりした時間と余裕が必要でしょう。とはいえ、こんな発言事態、時代遅れのたわごとのようにしか受け取ってもらえないことも私は知っています。
けれど、保育園育ちで、共働きのがさついた家庭に育った私は、大人になっても現実を肯定できない人間になっていることを感じます。母の仕事は子供の精神育成にも、また、未来にも影響します。女性が働き続けることが前提で、待機児童を一層保育所に押し込む政策を推進していくことに、私は組しません。
子供の未来や、感性はどうするの? 母の人生も大切。母親が趣味も社会参加も実現してほしいとは思います。けれど、子供の鋭敏な心は、母の愛を吸収して育つものだという意識に入れておいてほしいのです。
子育ては、女性でなければできない最大のライフワークでしょう。残念ながら、私はその選択をしませんでしたが、それも育ちと関係していると今でも思っています。